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偽島の呼び声?
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ラヴィニアの手記。

『イゴーロナクの手』


 
 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

雨は一向に止む気配を見せず、むしろ酷くなる一方だった。
曇天、日は一度も下界を照らすことなく、早々に引き下がり。


夜が訪れた。



探偵は私に気取られぬよう、最新の注意を払っていた。
常に場所を換え、そして私のいる書斎の窓から見えない場所をよく把握していた。

だが、彼は知らない。
自分の着ている合羽に私のシキガミが同化し、私の眼の役目を果たしているということに。
どこへ移動しようとも、それは私の頭の中に伝わってきていた。


幻術は私の得意とするところ。
私は自分の虚像を作り出し、その場に留めた。
依然、部屋の中に私がいるように見せかけるためである。


探偵は何も知らず、私の部屋の、私の虚像を監視している。
それがシキガミを通して、私には分かっていた。


静かに部屋を出て、玄関に向かう。
靴箱の脇に隠してあった拳銃を取り出し、弾が装填されているのを確認すると、サイレンサーを取り付けた。

裏口から外へ出る。
万一、人に見られた時の為、ぶかぶかの黒合羽を着込んで完全に顔を隠した。
雨風が強く、轟々と唸りをあげている。

物置の鍵を開け、中に入ると、ある物を引っ張り出した。
鋭利なナタである。
今回の計画には、これが必要だった。


門からは出ず、裏の塀を乗り越えて、遠回りをしながら探偵の居場所へと歩いていった。
彼の他に監視者がいないことは確認できている。

ここはディオゲネス・クラブの本拠、ロンドンではない。
ブリチェスター市のロウアータウンだ。
探偵の数も知れているし、私の他の容疑者の監視もさせているはずだ。
つまり、応援は無いと考えてよい。


激しい雨に打たれ、ぴちゃぴちゃと路面を流れる雨水を蹴散らしながら、私は探偵の背を発見した。
彼は双眼鏡を手に、体を縮めながら私の部屋を執拗に監視していた。

ぴぴぴぴ、と高い音が鳴る。
彼は懐から携帯電話を取り出し、耳に当てた。

「………だ。目標に動きなし。以上だ」

どうやら定時連絡らしい。
すぐに携帯を切り、再び監視に戻る。

全く、ご苦労なことだ。
労いの言葉の一つもかけてやりたい。

勿論。

同時に。

これから死なねばならないという、哀れみの言葉も。


静かに歩み寄り、銃を構え、躊躇うことなく、

一発。

二発。

三発。

休む間もなく撃ち込んだ。
サイレンサーのおかげで音は少なく、それも風雨のせいでかき消された。

右腕、右肩、背中。
それぞれに命中し、低い呻きと共に、彼の体が激しく前に跳ねる。
何が起きたのか分からないのだろう。
転がった双眼鏡に眼もくれず、ただ、呆然とした顔で振り向いた。


その顔に、一発。


大量の血が眉間から流れ出し、頭を覆う合羽の中に溜まっていく。
路上に流れた雨が、溢れた血を流していった。


さて。
ここからが本番だ。

私の脳裏に浮かんだのはそんなこと。
殺人への懺悔や苦悩など、あるはずもない。


ナタを取り出すと、勢い良く死体に振り下ろす。
骨が邪魔をしたが、何度も何度も振り下ろした。
そうして、彼の左の二の腕を斬り落としたのである。

次に懐をさぐり、財布を取り出す。
身分証明になるものを持っていないか探すと、免許証があった。
マーシーヒル住まいの、私も名ぐらいしか聞いたことがない、三流探偵だった。

携帯電話を取り出し、履歴を確認する。
非表示になっているがそれでも構わない。
私は一枚の油紙を取り出し、ペンで式文を書き込む。
その紙を死体の顔に押し付け、次に彼の携帯電話を包みこみ、空へ放り投げると、それは蒼い蝶となって飛び去った。

シキガミと幻術の応用である。
あの蝶は一週間もつかもたないか、といった程度の期間しかないが、あの非表示の電話番号からかかってくれば、彼の声で繰り返し、ある言葉を話してくれるだろう。
「目標に動きなし。以上だ」と。

一週間、いや、四日ほどあれば事は成る。
充分な期間だ。

これで用済み。
近くのマンホールの蓋を開けると、死体を引き摺り、雨でやや増水したその奈落へ蹴り落とした。

斬り落とした腕を掴むと、大き目のビニール袋を合羽のポケットから取り出し、そこへ入れた。


家に急ぎ、書斎へ戻ると、イゴーロナクの手を机の上に置いた。
ナイフを取り出し、何かを掴もうと伸ばす、不気味な目の付いた手の彫像の台座にある粘土板に、ある文字を刻み込んだ。


『スミス=ディケンズ』


ディオゲネス・クラブの二人組の若い方、リチャードの後ろに控えていた、鋭い眼の男の名である。

それが済むと、袋から探偵の腕を取り出し、イゴーロナクの手の上に置いてやった。


驚くべきことが起こった。
開いていたはずの手がゆっくりと動き、探偵の腕をしっかりと握ったのである。
少し触れてみたがそれはしっかりと握られていて、決して離れはしなかった。


それで全てが終わったのである。
一夜が過ぎ、私が眠りから覚めると、イゴーロナクの手は何事も無かったかのように手を伸ばしており、探偵の腕はどこにも無かった。


ただ、二日後、ディオネゲネス・クラブの二人組がやってきた時、すでに兆候が現れていたのを見ることができた。

リチャードの後ろに控えているスミスの目はどこか虚ろで、彼が私に向けていた鋭い眼光はどこにもなく、しかも彼は私ではなくリチャードの背を見ていたのである。




その三日後、スミスは逮捕されることとなった。
再び雨が降ったその日、警察署の前で、リチャードを背後から撃ったのである。
右腕、右肩、背中、そして眉間。
計4発の弾丸を彼に撃ち込んだスミスはすぐにその場で取り押さえられた。
リチャードは即死。しかも威力の高い拳銃であったため、頭の一部が弾け飛んでいたという。
取調べ中、スミスは呆然としていてほとんど会話にならず、ただ、自分が何をしたのか、なぜこんなことになったのか、さっぱり分からないと呟くのみだった。


この前代未聞の不祥事は新聞で大きく報じられた。
表向きは市警の不祥事として片付けられたものの、ディオゲネス・クラブは撤退を余儀なくされたのである。
スミスは著しく精神を病み、近く精神病院に入り、恐らくは二度とでて来ることはないだろう。
後にクラウスが面白くも無さそうに語ってくれたものだ。



以上である。
もう分かっただろう、イゴーロナクの手がどういう効果をもたらすのか!
私がそう言うと、イルダは満足そうに頷いた。

だが、私もまだ語っていないことがある。
これを使って三度目になる一件の直後である。
イゴーロナクのカルトから警告文を受けた。

手紙に曰く『自重するべし』である。
私は苦笑し、以後、その使用を控え、外に放置することとなった。
イゴーロナクの指示を受けてのみ活動するこのカルトからの警告は即ちイゴーロナク本人の警告であるからだ。

また、ディオゲネス・クラブとは縁を切ることができなかった。
別の一件でエージェントと遭遇し、殺し合いとなったのだ。
以後、彼らとは何度も遣り合う破目になってしまったのだが……今はそれを語る必要はないだろう。




しかし、そんなこんなで。
今なお、この手は屋敷の外で手を伸ばし続けているのである。
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