偽島の呼び声?
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ラヴィニアの手記。
『グ・ハーン断章』
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彼らと共に歩き続け、どれほど時が経っただろうか。
その果てに辿り着いた場所。
信じられるだろうか。
地下に大きなスタジアムが二つ三つ入りそうな、巨大な空洞がそこにはあった。
私はただただ驚愕し、呆然として周囲を見渡す他になかった。
ここがグ・ハーンなのだろうか。
しかし、この巨大な空洞のどこにも遺跡らしいものは見当たらない。
岩と土塊に囲まれた、巨大な穴でしかなかった。
“そこで待て”
クトーニアンたちは私を空洞の入り口で待たせ、自分たちはぞろぞろと奥へ進み、その巨大な部屋の隅に並んで輪を作る。
最後のクトーニアンが自分の居場所へ辿り着いた瞬間、大地が鳴動した。
にも拘らず、私の足は地に吸い付いたように離れず、よろめく事も倒れることもない。
それはクトーニアンたちも同様で、激しい揺れの中で一匹として微動だにしていない。
どうやら彼らの特殊な力が私にも影響しているらしい。
やがて洞の下から土を巻き上げ、岩を割りながら姿を現したものを見た瞬間、私は慄きに震えあがり、両眼を剥いて声にならない叫び声をあげた。
巨大なクトーニアンでしかないと思っていた。
他の旧支配者に比べ、現在において知名度がそう高くない彼を侮る気持ちがどこかにあった。
ここまで来た以上、全てが上手くいく、そういう甘い考えもあった。
それが全て一瞬で吹き飛んだ。
この巨大な玄室をほとんど埋め尽くす、圧倒的な巨体。
口と言うより、巨大な門とでも言うしかない口から、丸太より太い触手が何百本もうねり暴れていた。
その触手の一本が振られれば、私は瞬時にゴミくずのような気軽さで弾き飛ばされ、死に至るだろう。
その口が強く息を吸い込めば、地獄にも存在せぬであろう、あの恐るべき場所へと連れ込まれるに違いない。
蟻が自分を踏み潰すであろう人間たちを比べて何の意味があるか。
私たちにとって、彼らとはまさにそんな存在。
人々がかつて神と呼び、今は邪神と呼ぶ存在。
旧支配者―――Great Old One。
その一柱にしてこの地球の地中を統べる魔、シュド=メル。
それは恐怖そのものであった。
死が形を持った姿であった。
私は彼をただただ仰ぎ見るしかできない。
目も耳も鼻もない、だが彼は間違いなく私を睥睨していた。
どれくらいそうしていただろう。
不意に彼は私に声をかけた。
“女……なぜ嗤う”
何?
彼は今何と言った?
私が嗤っているだと?
我に返った私は、慌てて自分の顔を触る。
そう、私の顔は確かに歪んでいた。
これ異常ないくらい、喜びに歪んでいたのだ。
“我を見て、信者を名乗る者どもは狂喜し、更なる狂気へと堕ちる。
我を知らぬものはその衝撃に耐えられず死に至り、
我が存在を知るものは想像を遙かに超えたであろう姿に発狂する。
いずれにしろ、ろくな末路を辿らぬ。
だが、お前は違うな。
我を見て、正気を保ち、且つそのように嗤うとは”
彼はまた黙り込んだ。
私をじっと見ている、いや、見るという表現は正しくないが、観察している気配を感じた。
“……それで?魔女よ、何ゆえに我に会おうとしたのか”
私は生唾をゴクリと飲み干し、乾きに乾いた唇を舌で濡らして答えた。
「貴方の、貴方がたの助力を得んと欲するがゆえに」
“我らの助力、だと?”
私は肯いた。
「私には夢が、目的があります。
命を、人生をかけて果たしたい夢です。
それを達成する方法は未だ模索中ではありますが、必ずや貴方がたの協力を必要とすると考えております。
ゆえに、助力を仰ぎたいのです」
“ほう。夢と来たか。
人間が我々を必要とするための夢など、己の支配欲や物欲、長命の欲求を満たさんがためのものばかりであろうが。
あるいは知識欲を満たすためか。
まあ一応聞いておいてやろう。
お前の望みとはなんだ?”
シュド=メルは面白く無さそうに尋ねてきた。
実際、面白くないのだろう。
彼らにとって、在り来たりの面会理由に萎えた様子だ。
ここで、世界の王になりたいなどと言えば、瞬時に私を殺すだろう。
それくらい、私に興味を無くしかけているのが分かった。
居並ぶクトーニアンたちから嘲笑の気配を感じる。
私の死を確信した、というところだろうか。
だが、私の夢はそんなものではないのだ。
私は答える。
私の夢を。
シュド=メルは絶句した。
クトーニアンたちが息を呑むのを感じた。
“な、なななな、なんという、なんということを!”
“貴様!神の御前で何を口にしているか分かっているのか!?”
“ちっぽけなムシケラの分際で!よくもそのようなことを!”
“長老!そのような下賎な魔女!殺してしまうべきです!”
“神よ、裁きを!”
怒りの声、しかしそれは怒りよりも激しい動揺で一向に恐怖を感じない、浮ついたもの。
シュド=メルの巨体が揺れた。
笑っているのだ。
豪快に。
愉快そうに。
愉快で愉快で仕方ないと言ったふうに。
人間でいえば、腹を抱えて笑っているのだ。
クトーニアンたちが唖然として押し黙る。
私はただ、彼を見上げて、その笑いが収まるのを待った。
“いいぞ、貴様。面白い。実に面白い。
そのようなことを口走る人間に出会ったのは始めてだ。
我を前にして確かに不遜な願いではある。
だが、面白い。
面白いな、貴様。
良かろう、汝と盟を結ぼう”
クトーニアンたちのどよめきが最高潮に達する。
狼狽も当然だ。
死刑に処されると思っていた罪人が、無実放免どころか最高の手土産まで持たされようとしているのだから。
“長!どうかお考え直しを!”
“人間などと盟を結ぶなどと、他種族のいい嗤い者にされまする!”
“こやつは我らが仔をかどわかした罪人!即刻死罪にすべきかと!”
“黙れ”
シュド=メルは騒ぎ立てるクトーニアンたちを一喝すると、私に向き直り話を続けた。
“魔女よ、我らが力、我らが知識、汝の為に役立てるが良い。
だがその代わりに三つを汝に誓ってもらう。
一つ、汝は我らが地上に返り咲くその日の為の地均しとして、我らが敵となる愚か者どもに代行者として鉄槌を下せ。
一つ、汝が夢に届かず、志半ばで倒れた時、汝が肉体と精神は我らが貰い受ける。肉片の隅々まで腐り落ちるまで、我らが僕として使い、その時まで苦痛に苛まれることになろう。
一つ、汝が夢を放棄した時、約を破ったとして即刻汝を処刑する。
以上、三つを了承できるか?”
私は迷わず肯いた。
「無論です。
貴方がたの復権のために力を尽くし、その敵を破りましょう。
夢を叶えられず、また放棄するようなことになればさっさとお見限りください。
その時点で、私は死んだも同然でありますゆえ」
“よかろう”
シュド=メルは満足そうに返事をした。
クトーニアンたちは予測の範疇を超えた事態にただ呆然と成り行きを見守っているだけだ。
“これより、この魔女は我らが盟友、我らが使徒、我らが僕である。
汝らはこの者が約を守りし間、この者に最大限の助力を与えよ。
異論は許さん。
しかと皆に申し伝えておく”
自分たちの絶対的支配者たる者の厳かなる宣言に、全てのクトーニアンたちが戸惑いながらも畏まる。
私は賭けに勝った。
差し出された太い触手の意図を即座に察し、手に持っていた卵入りの箱を乗せ、仔を返す。
その時、聞かずとも良かったのだが、それでも聞かずにはおられず尋ねた。
「良い暇つぶしができたとお思いですか?」
シュド=メルは一瞬ぴたりと動きを止めたが、やがて巨体を大きく揺らし始めた。
豪快に笑っているのだ。
“やはり分かるか。
確かに。汝との約は我にとって永劫の刻の中にある一欠けらの間の余興に過ぎぬと思うておる。
だが、汝が気に入ったのも事実である”
私も苦笑を返さざるを得ない。
しかし彼と私の立場の、あまりにも大きな差を考えればそれも致し方なかろう。
私は地を這う矮小な人間であり、彼は神にも等しい旧支配者なのだ。
“ふむ。
約を結んだとなれば証のようなものが必要となろうな”
シュド=メルは突然、何かを思いついたらしく、含みのある声で呟いた。
私は何を言い出すかと怪訝に思い、警戒しながら次の言葉を待った。
彼らと共に歩き続け、どれほど時が経っただろうか。
その果てに辿り着いた場所。
信じられるだろうか。
地下に大きなスタジアムが二つ三つ入りそうな、巨大な空洞がそこにはあった。
私はただただ驚愕し、呆然として周囲を見渡す他になかった。
ここがグ・ハーンなのだろうか。
しかし、この巨大な空洞のどこにも遺跡らしいものは見当たらない。
岩と土塊に囲まれた、巨大な穴でしかなかった。
“そこで待て”
クトーニアンたちは私を空洞の入り口で待たせ、自分たちはぞろぞろと奥へ進み、その巨大な部屋の隅に並んで輪を作る。
最後のクトーニアンが自分の居場所へ辿り着いた瞬間、大地が鳴動した。
にも拘らず、私の足は地に吸い付いたように離れず、よろめく事も倒れることもない。
それはクトーニアンたちも同様で、激しい揺れの中で一匹として微動だにしていない。
どうやら彼らの特殊な力が私にも影響しているらしい。
やがて洞の下から土を巻き上げ、岩を割りながら姿を現したものを見た瞬間、私は慄きに震えあがり、両眼を剥いて声にならない叫び声をあげた。
巨大なクトーニアンでしかないと思っていた。
他の旧支配者に比べ、現在において知名度がそう高くない彼を侮る気持ちがどこかにあった。
ここまで来た以上、全てが上手くいく、そういう甘い考えもあった。
それが全て一瞬で吹き飛んだ。
この巨大な玄室をほとんど埋め尽くす、圧倒的な巨体。
口と言うより、巨大な門とでも言うしかない口から、丸太より太い触手が何百本もうねり暴れていた。
その触手の一本が振られれば、私は瞬時にゴミくずのような気軽さで弾き飛ばされ、死に至るだろう。
その口が強く息を吸い込めば、地獄にも存在せぬであろう、あの恐るべき場所へと連れ込まれるに違いない。
蟻が自分を踏み潰すであろう人間たちを比べて何の意味があるか。
私たちにとって、彼らとはまさにそんな存在。
人々がかつて神と呼び、今は邪神と呼ぶ存在。
旧支配者―――Great Old One。
その一柱にしてこの地球の地中を統べる魔、シュド=メル。
それは恐怖そのものであった。
死が形を持った姿であった。
私は彼をただただ仰ぎ見るしかできない。
目も耳も鼻もない、だが彼は間違いなく私を睥睨していた。
どれくらいそうしていただろう。
不意に彼は私に声をかけた。
“女……なぜ嗤う”
何?
彼は今何と言った?
私が嗤っているだと?
我に返った私は、慌てて自分の顔を触る。
そう、私の顔は確かに歪んでいた。
これ異常ないくらい、喜びに歪んでいたのだ。
“我を見て、信者を名乗る者どもは狂喜し、更なる狂気へと堕ちる。
我を知らぬものはその衝撃に耐えられず死に至り、
我が存在を知るものは想像を遙かに超えたであろう姿に発狂する。
いずれにしろ、ろくな末路を辿らぬ。
だが、お前は違うな。
我を見て、正気を保ち、且つそのように嗤うとは”
彼はまた黙り込んだ。
私をじっと見ている、いや、見るという表現は正しくないが、観察している気配を感じた。
“……それで?魔女よ、何ゆえに我に会おうとしたのか”
私は生唾をゴクリと飲み干し、乾きに乾いた唇を舌で濡らして答えた。
「貴方の、貴方がたの助力を得んと欲するがゆえに」
“我らの助力、だと?”
私は肯いた。
「私には夢が、目的があります。
命を、人生をかけて果たしたい夢です。
それを達成する方法は未だ模索中ではありますが、必ずや貴方がたの協力を必要とすると考えております。
ゆえに、助力を仰ぎたいのです」
“ほう。夢と来たか。
人間が我々を必要とするための夢など、己の支配欲や物欲、長命の欲求を満たさんがためのものばかりであろうが。
あるいは知識欲を満たすためか。
まあ一応聞いておいてやろう。
お前の望みとはなんだ?”
シュド=メルは面白く無さそうに尋ねてきた。
実際、面白くないのだろう。
彼らにとって、在り来たりの面会理由に萎えた様子だ。
ここで、世界の王になりたいなどと言えば、瞬時に私を殺すだろう。
それくらい、私に興味を無くしかけているのが分かった。
居並ぶクトーニアンたちから嘲笑の気配を感じる。
私の死を確信した、というところだろうか。
だが、私の夢はそんなものではないのだ。
私は答える。
私の夢を。
シュド=メルは絶句した。
クトーニアンたちが息を呑むのを感じた。
“な、なななな、なんという、なんということを!”
“貴様!神の御前で何を口にしているか分かっているのか!?”
“ちっぽけなムシケラの分際で!よくもそのようなことを!”
“長老!そのような下賎な魔女!殺してしまうべきです!”
“神よ、裁きを!”
怒りの声、しかしそれは怒りよりも激しい動揺で一向に恐怖を感じない、浮ついたもの。
シュド=メルの巨体が揺れた。
笑っているのだ。
豪快に。
愉快そうに。
愉快で愉快で仕方ないと言ったふうに。
人間でいえば、腹を抱えて笑っているのだ。
クトーニアンたちが唖然として押し黙る。
私はただ、彼を見上げて、その笑いが収まるのを待った。
“いいぞ、貴様。面白い。実に面白い。
そのようなことを口走る人間に出会ったのは始めてだ。
我を前にして確かに不遜な願いではある。
だが、面白い。
面白いな、貴様。
良かろう、汝と盟を結ぼう”
クトーニアンたちのどよめきが最高潮に達する。
狼狽も当然だ。
死刑に処されると思っていた罪人が、無実放免どころか最高の手土産まで持たされようとしているのだから。
“長!どうかお考え直しを!”
“人間などと盟を結ぶなどと、他種族のいい嗤い者にされまする!”
“こやつは我らが仔をかどわかした罪人!即刻死罪にすべきかと!”
“黙れ”
シュド=メルは騒ぎ立てるクトーニアンたちを一喝すると、私に向き直り話を続けた。
“魔女よ、我らが力、我らが知識、汝の為に役立てるが良い。
だがその代わりに三つを汝に誓ってもらう。
一つ、汝は我らが地上に返り咲くその日の為の地均しとして、我らが敵となる愚か者どもに代行者として鉄槌を下せ。
一つ、汝が夢に届かず、志半ばで倒れた時、汝が肉体と精神は我らが貰い受ける。肉片の隅々まで腐り落ちるまで、我らが僕として使い、その時まで苦痛に苛まれることになろう。
一つ、汝が夢を放棄した時、約を破ったとして即刻汝を処刑する。
以上、三つを了承できるか?”
私は迷わず肯いた。
「無論です。
貴方がたの復権のために力を尽くし、その敵を破りましょう。
夢を叶えられず、また放棄するようなことになればさっさとお見限りください。
その時点で、私は死んだも同然でありますゆえ」
“よかろう”
シュド=メルは満足そうに返事をした。
クトーニアンたちは予測の範疇を超えた事態にただ呆然と成り行きを見守っているだけだ。
“これより、この魔女は我らが盟友、我らが使徒、我らが僕である。
汝らはこの者が約を守りし間、この者に最大限の助力を与えよ。
異論は許さん。
しかと皆に申し伝えておく”
自分たちの絶対的支配者たる者の厳かなる宣言に、全てのクトーニアンたちが戸惑いながらも畏まる。
私は賭けに勝った。
差し出された太い触手の意図を即座に察し、手に持っていた卵入りの箱を乗せ、仔を返す。
その時、聞かずとも良かったのだが、それでも聞かずにはおられず尋ねた。
「良い暇つぶしができたとお思いですか?」
シュド=メルは一瞬ぴたりと動きを止めたが、やがて巨体を大きく揺らし始めた。
豪快に笑っているのだ。
“やはり分かるか。
確かに。汝との約は我にとって永劫の刻の中にある一欠けらの間の余興に過ぎぬと思うておる。
だが、汝が気に入ったのも事実である”
私も苦笑を返さざるを得ない。
しかし彼と私の立場の、あまりにも大きな差を考えればそれも致し方なかろう。
私は地を這う矮小な人間であり、彼は神にも等しい旧支配者なのだ。
“ふむ。
約を結んだとなれば証のようなものが必要となろうな”
シュド=メルは突然、何かを思いついたらしく、含みのある声で呟いた。
私は何を言い出すかと怪訝に思い、警戒しながら次の言葉を待った。
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