偽島の呼び声?
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ラヴィニアの手記。
『グ・ハーン断章』
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どこまで落ちただろうか。
永遠とも思える落下の末、私は底であろう場所に辿り着いた。
魔術で反発させ、激突から身を護り、着地する。
周囲は完全なる闇に閉ざされていた。
上を見上げるが、私を飲み込んだ穴は既に無い。
ここが古の都グ・ハーンの在り処なのだろうか。
それを確かめている余裕など無かった。
私は身を固くし、息を潜めた。
無数の気配と音が私の耳にはっきりと届いていたからである。
私はすっかり取り囲まれているようだった。
姿こそ見えねど、クトーニアンの集団に違いあるまい。
不意に頭を鈍痛が襲った。
痛みに顔を顰め、膝を付きそうになるのを辛うじて堪える。
“下賎な人間が!我らが仔を攫うとは許されざる行為!”
“何という身の程知らず!何という悪行!”
“五体を引き裂き、血を啜りきっても罪を贖うに足らぬ!”
“永久に苦しめるべし!”
“永劫に痛めつけるべし!”
頭の中に、怒りと憎悪に満ちた無数の罵声が直接入り込んでくる。
これがクトーニアンのテレパシーか。
頭の中がガンガンと激しく揺さぶられる。
突然、背中に太い何かが触れたと思いきやそれも一瞬の事で、苦鳴に似た何かを頭に感じると、テレパシーが一斉に途絶えた。
“こ、小癪な!忌まわしき印で身を護っておる!”
どうやら、クトーニアンの一体が触手で私に触れたらしい。
だが、旧き印を描いた法衣を身に纏っていたおかげで害されずに済んだようだ。
私は恐怖を呑み込み、凄みを帯びた声で叫んだ。
「動くな!動けばこの卵を破壊する!」
箱の中の卵を抓み上げ、闇に向かって翳す。
クトーニアンたちが息を呑んだ気配が頭の中に伝わってきた。
が、それも最初だけで、すぐに嘲笑うような声が聞えた。
“愚かな。どうやって破壊するつもりだ?”
“人間如きの貧弱な力で、道具で、か?”
クトーニアンの卵の殻は現在の人類の道具、科学力では傷一つ付けられない、恐るべき未知の物質でできている。
それゆえに彼らは余裕の反応を示した。
だが、私はそれを失笑で返す。
「こうするのだ!」
詠唱し、指先に魔力を集める。
普通の人間には見えないだろう、だが彼らの感覚器官でははっきりとその魔力を捉えることができるはずだ。
“よせ!!”
どれほどの数がいるか分からぬ、クトーニアンたちが一斉に焦りの悲鳴をあげた。
私は冷や汗を隠しつつ、ほくそ笑みながら魔力を解く。
“この女、魔術士か!”
“魔女だと?我らを害しに来た集団の仲間か?”
動揺するクトーニアンたちに、私は話しかけた。
集団とは恐らく対邪神組織『ウィルマース・ファウンデーション』のことだろう。
私は誤解を解くべく、名乗りをあげた。
「私はラヴィニア。魔術の真理を探究するものだ。
成り行きとはいえ無礼を働いたことはお詫び申し上げる。
だが、私は貴方がたに抵抗するつもりは全くない。
このような真似をしたのは貴方がたに会いたいがためであった。
どうか私の話を聞いて欲しい」
私は慎重に言葉を選んだ。
自分がいかに彼らより下級の存在であるか、彼らが上位であるかを言葉に織り交ぜて彼らの不興を買わぬよう努力する。
彼らは敵意と怒りの感情を納めてはいないものの、暫しの沈黙の後、再び私の中に語りかけてきた時には幾分穏やかになっていた。
“我らに会うために仔を攫ったと言うか。気に入らぬ”
“だが仔を害せぬ、我らに歯向かわぬと言うのであれば暫しさえずる時間くらいはくれてやる”
“何の故に、我らに会わんと欲したか”
私は一呼吸の後、その望みを口にした。
「貴方がたが長、大いなる旧き者『シュド=メル』に会いたいがため。謁見を求めたい」
途端にクトーニアンたちが騒然となった。
感じる。伝わってくる。激しい痛みを伴い、私の頭の中を冒そうとする。
困惑、困惑、困惑……。
憤怒、憤怒、憤怒……。
憎悪、憎悪、憎悪……。
敵意、敵意、敵意……。
殺気、殺気、殺気……。
どうやら私は余程彼らの想定外のことを口にしたらしい。
激しい感情の渦が私の頭を襲う。
気が狂いそうになるが、歯を食いしばってこれに耐えた。
“愚かなことを!我らが長、我らが神に人間ごときが会えると思っているのか!?”
“何という不遜!何という不遜!”
“高望みにも程があるというもの!”
“人如きに完全な発音はできておらぬとは言え、その御名を貴様らが軽々しく口にするとは!万死に値する!”
彼らは一斉に私に肉薄しようとしている、その気配を感じ取った私は、卵を翳してその場でぐるりと一回転して見せた。
ぐぬっ、という忌々しげな反応があちこちから感じられ、クトーニアンたちは押し黙った。
「なるほど、私は魔女といえど、ただの人間。
貴方がたにかかれば、例え旧き印に護られても瞬時に引き裂かれよう。
だが、私とて魔術を知る者。
死ぬ前にこの卵を道連れにするくらいはできる」
一旦言葉を切り、闇に向かって不敵に嗤いかける。
「さて、貴方がたはどうか?
私に罰を与えるのは容易であろうが、たった一人の魔女を殺すのに仔を犠牲にする覚悟はあるか?
それに、たかだかたった一人の人間を殺すのに、集団でかからねばならず、仔を失ったなどと地球圏の他種族が知ったら何と言うだろうな?」
クトーニアンたちは黙っているが、その感情は伝わってきた。
人間でいえば、口惜しさで歯軋りを禁じえない、といったところだ。
彼らにとって貴重この上ない仔がこちらの手中にあり、私が彼らにとって蔑むべき、そしてたった一人でやって来た人間であることを逆手に取れば、このまま主導権を維持できる。
「シュド=メルに会わせていただきたい。
それができれば卵は無事にお返しすると約束する。
例え彼の不興を買い、死が確定したとしても、だ」
その言葉に、クトーニアンたちはますます困惑したらしかった。
“なんだと?信じられぬ!”
“死が決定付けられれば、卵を利用して逃げるつもりなのではないのか?”
“死を賭して神に会うと言うか”
“……どうせ運命は変わらぬ。地獄へ堕とす前に拝謁を許すくらいは……”
“何をバカな!小汚い人間の娘を神域へ連れて行けるか!”
“そうだ!小ずるい小虫のこと、死ぬと決まれば仔を盾に逃げようとするに決まっている!さっさと始末するべきだ!”
クトーニアンたちの意見が別れ、喧々諤々の議論が飛び交う大騒ぎとなった。
さあ、どう転ぶか。
死ぬか生きるか、最初の関門だ。
この交渉に失敗したが最後、例え生きてここから出られたとしても、最大のチャンスを失った私にとっては死んだも同然なのだ。覚悟くらいとうに出来ている。
私は息を飲んで経過を沈黙のままに見守っていたのだが、不意にそのざわめきがピタリと止んだ。
“待て”
どんな轟音も掻き消すことができぬであろう、クトーニアンたちの騒ぎを貫いて響き渡る、重々しい声が聞えたからだ。
彼らから感じられる感情は、畏敬。
私は震え上がった。
そう、この声は恐らく間違いない。
彼らの長、偉大なる者の声だ。
“ここへ連れて来い。どんな話をするか、興味がある”
クトーニアンたちは戸惑いの感情を顕わにした。
“お待ちください!こんな者と口をお利きになるつもりですか!?”
“御身の穢れになります!どうぞ思い留まりを!”
反対していた者たちが、一斉に諌めの声を発し始めたが、
“黙れ”
静かながら厳しい一言で、それ以上何も言わなくなってしまった。
“その魔女と話をする。直ちにここへ案内せよ。
我が名において危害を加えることは許さん。
その魔女の処遇は我自ら決めることにする”
その瞬間、私は安堵の溜息が漏れそうになるのを必死に抑えた。
緊張の糸を切ってはならない。全てはここからだ。
どういう仕組みか、力なのか。
洞窟が途端に光に満たされ、そこにある光景に私は息を呑むしかなかった。
あまりにも巨大な空洞が伸びている。
そこをアフリカ象よりも遙かに巨大な、名状しがたいおぞましい姿をした『地を穿ちて刻を待つモノども』がぎっしりとひしめき、私を囲んでいた。
忌々しげに無数の触手が宙を踊っている。
並の人間には耐えられぬであろう光景を、しかし私はむしろ冷静に受け止め、彼らの動きを待った。
“長の御言葉だ。異は唱えられぬ”
“運のいい魔女め。神のご機嫌が麗しいことに感謝するがいい”
“いやいや、運が悪いことだ。人如きが、神の御姿の前で正気でいられるはずはない”
“我らはお前に残酷な死の裁きが下されるのを高笑いしながら見ていてやるぞ!”
嘲り罵る無数の声。しかし彼らの困惑の感情は隠しきれていない。
彼らは私から一定の距離を置いて逃げぬよう囲み、穴を進み始める。
私は深呼吸を一つして、彼らに合わせて歩を進めた。
どこまで落ちただろうか。
永遠とも思える落下の末、私は底であろう場所に辿り着いた。
魔術で反発させ、激突から身を護り、着地する。
周囲は完全なる闇に閉ざされていた。
上を見上げるが、私を飲み込んだ穴は既に無い。
ここが古の都グ・ハーンの在り処なのだろうか。
それを確かめている余裕など無かった。
私は身を固くし、息を潜めた。
無数の気配と音が私の耳にはっきりと届いていたからである。
私はすっかり取り囲まれているようだった。
姿こそ見えねど、クトーニアンの集団に違いあるまい。
不意に頭を鈍痛が襲った。
痛みに顔を顰め、膝を付きそうになるのを辛うじて堪える。
“下賎な人間が!我らが仔を攫うとは許されざる行為!”
“何という身の程知らず!何という悪行!”
“五体を引き裂き、血を啜りきっても罪を贖うに足らぬ!”
“永久に苦しめるべし!”
“永劫に痛めつけるべし!”
頭の中に、怒りと憎悪に満ちた無数の罵声が直接入り込んでくる。
これがクトーニアンのテレパシーか。
頭の中がガンガンと激しく揺さぶられる。
突然、背中に太い何かが触れたと思いきやそれも一瞬の事で、苦鳴に似た何かを頭に感じると、テレパシーが一斉に途絶えた。
“こ、小癪な!忌まわしき印で身を護っておる!”
どうやら、クトーニアンの一体が触手で私に触れたらしい。
だが、旧き印を描いた法衣を身に纏っていたおかげで害されずに済んだようだ。
私は恐怖を呑み込み、凄みを帯びた声で叫んだ。
「動くな!動けばこの卵を破壊する!」
箱の中の卵を抓み上げ、闇に向かって翳す。
クトーニアンたちが息を呑んだ気配が頭の中に伝わってきた。
が、それも最初だけで、すぐに嘲笑うような声が聞えた。
“愚かな。どうやって破壊するつもりだ?”
“人間如きの貧弱な力で、道具で、か?”
クトーニアンの卵の殻は現在の人類の道具、科学力では傷一つ付けられない、恐るべき未知の物質でできている。
それゆえに彼らは余裕の反応を示した。
だが、私はそれを失笑で返す。
「こうするのだ!」
詠唱し、指先に魔力を集める。
普通の人間には見えないだろう、だが彼らの感覚器官でははっきりとその魔力を捉えることができるはずだ。
“よせ!!”
どれほどの数がいるか分からぬ、クトーニアンたちが一斉に焦りの悲鳴をあげた。
私は冷や汗を隠しつつ、ほくそ笑みながら魔力を解く。
“この女、魔術士か!”
“魔女だと?我らを害しに来た集団の仲間か?”
動揺するクトーニアンたちに、私は話しかけた。
集団とは恐らく対邪神組織『ウィルマース・ファウンデーション』のことだろう。
私は誤解を解くべく、名乗りをあげた。
「私はラヴィニア。魔術の真理を探究するものだ。
成り行きとはいえ無礼を働いたことはお詫び申し上げる。
だが、私は貴方がたに抵抗するつもりは全くない。
このような真似をしたのは貴方がたに会いたいがためであった。
どうか私の話を聞いて欲しい」
私は慎重に言葉を選んだ。
自分がいかに彼らより下級の存在であるか、彼らが上位であるかを言葉に織り交ぜて彼らの不興を買わぬよう努力する。
彼らは敵意と怒りの感情を納めてはいないものの、暫しの沈黙の後、再び私の中に語りかけてきた時には幾分穏やかになっていた。
“我らに会うために仔を攫ったと言うか。気に入らぬ”
“だが仔を害せぬ、我らに歯向かわぬと言うのであれば暫しさえずる時間くらいはくれてやる”
“何の故に、我らに会わんと欲したか”
私は一呼吸の後、その望みを口にした。
「貴方がたが長、大いなる旧き者『シュド=メル』に会いたいがため。謁見を求めたい」
途端にクトーニアンたちが騒然となった。
感じる。伝わってくる。激しい痛みを伴い、私の頭の中を冒そうとする。
困惑、困惑、困惑……。
憤怒、憤怒、憤怒……。
憎悪、憎悪、憎悪……。
敵意、敵意、敵意……。
殺気、殺気、殺気……。
どうやら私は余程彼らの想定外のことを口にしたらしい。
激しい感情の渦が私の頭を襲う。
気が狂いそうになるが、歯を食いしばってこれに耐えた。
“愚かなことを!我らが長、我らが神に人間ごときが会えると思っているのか!?”
“何という不遜!何という不遜!”
“高望みにも程があるというもの!”
“人如きに完全な発音はできておらぬとは言え、その御名を貴様らが軽々しく口にするとは!万死に値する!”
彼らは一斉に私に肉薄しようとしている、その気配を感じ取った私は、卵を翳してその場でぐるりと一回転して見せた。
ぐぬっ、という忌々しげな反応があちこちから感じられ、クトーニアンたちは押し黙った。
「なるほど、私は魔女といえど、ただの人間。
貴方がたにかかれば、例え旧き印に護られても瞬時に引き裂かれよう。
だが、私とて魔術を知る者。
死ぬ前にこの卵を道連れにするくらいはできる」
一旦言葉を切り、闇に向かって不敵に嗤いかける。
「さて、貴方がたはどうか?
私に罰を与えるのは容易であろうが、たった一人の魔女を殺すのに仔を犠牲にする覚悟はあるか?
それに、たかだかたった一人の人間を殺すのに、集団でかからねばならず、仔を失ったなどと地球圏の他種族が知ったら何と言うだろうな?」
クトーニアンたちは黙っているが、その感情は伝わってきた。
人間でいえば、口惜しさで歯軋りを禁じえない、といったところだ。
彼らにとって貴重この上ない仔がこちらの手中にあり、私が彼らにとって蔑むべき、そしてたった一人でやって来た人間であることを逆手に取れば、このまま主導権を維持できる。
「シュド=メルに会わせていただきたい。
それができれば卵は無事にお返しすると約束する。
例え彼の不興を買い、死が確定したとしても、だ」
その言葉に、クトーニアンたちはますます困惑したらしかった。
“なんだと?信じられぬ!”
“死が決定付けられれば、卵を利用して逃げるつもりなのではないのか?”
“死を賭して神に会うと言うか”
“……どうせ運命は変わらぬ。地獄へ堕とす前に拝謁を許すくらいは……”
“何をバカな!小汚い人間の娘を神域へ連れて行けるか!”
“そうだ!小ずるい小虫のこと、死ぬと決まれば仔を盾に逃げようとするに決まっている!さっさと始末するべきだ!”
クトーニアンたちの意見が別れ、喧々諤々の議論が飛び交う大騒ぎとなった。
さあ、どう転ぶか。
死ぬか生きるか、最初の関門だ。
この交渉に失敗したが最後、例え生きてここから出られたとしても、最大のチャンスを失った私にとっては死んだも同然なのだ。覚悟くらいとうに出来ている。
私は息を飲んで経過を沈黙のままに見守っていたのだが、不意にそのざわめきがピタリと止んだ。
“待て”
どんな轟音も掻き消すことができぬであろう、クトーニアンたちの騒ぎを貫いて響き渡る、重々しい声が聞えたからだ。
彼らから感じられる感情は、畏敬。
私は震え上がった。
そう、この声は恐らく間違いない。
彼らの長、偉大なる者の声だ。
“ここへ連れて来い。どんな話をするか、興味がある”
クトーニアンたちは戸惑いの感情を顕わにした。
“お待ちください!こんな者と口をお利きになるつもりですか!?”
“御身の穢れになります!どうぞ思い留まりを!”
反対していた者たちが、一斉に諌めの声を発し始めたが、
“黙れ”
静かながら厳しい一言で、それ以上何も言わなくなってしまった。
“その魔女と話をする。直ちにここへ案内せよ。
我が名において危害を加えることは許さん。
その魔女の処遇は我自ら決めることにする”
その瞬間、私は安堵の溜息が漏れそうになるのを必死に抑えた。
緊張の糸を切ってはならない。全てはここからだ。
どういう仕組みか、力なのか。
洞窟が途端に光に満たされ、そこにある光景に私は息を呑むしかなかった。
あまりにも巨大な空洞が伸びている。
そこをアフリカ象よりも遙かに巨大な、名状しがたいおぞましい姿をした『地を穿ちて刻を待つモノども』がぎっしりとひしめき、私を囲んでいた。
忌々しげに無数の触手が宙を踊っている。
並の人間には耐えられぬであろう光景を、しかし私はむしろ冷静に受け止め、彼らの動きを待った。
“長の御言葉だ。異は唱えられぬ”
“運のいい魔女め。神のご機嫌が麗しいことに感謝するがいい”
“いやいや、運が悪いことだ。人如きが、神の御姿の前で正気でいられるはずはない”
“我らはお前に残酷な死の裁きが下されるのを高笑いしながら見ていてやるぞ!”
嘲り罵る無数の声。しかし彼らの困惑の感情は隠しきれていない。
彼らは私から一定の距離を置いて逃げぬよう囲み、穴を進み始める。
私は深呼吸を一つして、彼らに合わせて歩を進めた。
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